2011年06月11日

ビブリオバトル寄りのライトウェイトな勉強会構想

名古屋で機械系の勉強会が少ないなあ、とつぶやいたら、
「自分で開催すればいいじゃない」
というツイートをいただきまして、ちょっと考えていたのですが。。。

よく考えたら、僕は高専カンファ以外の勉強会って参加したことないんですね。

で、勉強会の中では高専カンファってわりと規模が大きくてヘヴィなものらしくて。

で、そこから思い浮かべたのが、ビブリオバトル。

テーマが「本の紹介」に限られているし、
勉強会ではないから、ちょっと違うかもしれないけれど。

・5分間のプレゼンをする

 これって、要はLTだよね。
 ドラ娘はいないけれどw
 すぐに2分間の質問タイムがあるし。


・全員発表が基本

 基本的に、参加している全員が発表するのが、
 僕はビブリオバトルの最大の利点かと思ってる。

 「参加するには発表しなきゃ」
 っていうのは、自分への言い訳に最高。

 「毎回LTやってたら出しゃばりとかおもわれないだろうかgkbr」
 っておびえる必要がない。
 だって、「参加したかったらLTしてね(にこっ)」だから。


・定期開催

 ほぼ毎月、開催されている。
 これって、年間でいったら12回の勉強会を開催できるわけだよね。
 五分を12回ってなると、年間で1時間の発表ができる。

 しかも定期開催だから、シリーズ形式でもやりやすい。


・準備がほぼ不要

 主催側はパソコンかキッチンタイマーがあればOK。
 あとはATNDで募集かけて、場所を確保する。
 人数が少なければ、集会室のあるカフェでやってもいいし。
 このへんがすごくライトウェイトですよね。


ってなわけで、これらを活かしたプレゼン型(LT型)勉強会って、
できないかなあ、と思ってるわけです。

スタイルはビブリオバトル。
で、機械・電気・制御系にテーマをしぼった勉強会。

・発表スタイルはLT

 時間の関係で一般発表ってのは難しいかもしれない。
 逆に、LTに対する質疑応答の時間をたっぷりとりたい気がする。
 LTで問題提起をして、質疑応答で解説、みたいな。


・人数は5〜10人くらい

 人数を絞る意図はないけれど、たぶん、場所の確保とか時間帯とか、
 毎月参加ってことを考えると、これくらいの人数になるんじゃないかと思ってる。
 まあ、参加人数が増えても、それに応じて場所を選べばいいんだけれどもね。
 ただ定期開催するなら、ある程度、場所は絞りたいなあ、という気分。

 毎月、第2土曜日の夕方に特定の場所に行ったら、
 「あ、やっぱりやってたー」ってなるような場所があるといい。

 公共交通機関と自動車の双方でアクセス性を確保できる、
 使いやすい場所、か。。。


・準備は何もなし

 5分間のプレゼンはPDFで作ってもらって、当日までに
 主催者が自分のパソコンにダウンロードできるようにしておく。
 メールで送っても、自分サーバにアップロードしておいてもいいし。
 主催者もパソコンかiPadと大きめの液晶ディスプレイを持っていけばいいし。

 液晶プロジェクタはNG。高いし、普段使わないし、狭いと写す場所とか困るし。

 さらにライトウェイトを目指すなら、A2模造紙での発表スライドというのもあるな。
 スライドをやめて、A1模造紙でのポスターセッションみたいにするって手もある。
 これならパソコン苦手なおじいちゃんでも発表できるし。
 (60歳以上のパソコン苦手な人たちに眠ってるノウハウってすげぇよ)

 紙の可用性をなめんなよ、ネット世代め!(笑)


まあ、そもそも機械系の勉強会ってないかなあ、と思ったのは、
自分に機械系の知識が不足しているからで、
特に現場を経験した人たちから、そういったノウハウを聞く機会って、
すっごい限られているんですよね。

あと、こういう事を書くに至った思考経路を開示しておくと、

 1.機械系の勉強会って少ないよなあ

 2.主催したらいいじゃん、って言われたお

 3.高専カンファみたいな実行委員会いるのかなあ

 4.でも、俺、コミュ障だから実行委員長とか無理だお

 5.うーん、そうだ、ビブリオバトル(ライト版)って準備がほぼ不要だよな

 6.あのスタイルだったら、実行委員会まではいらないよね

 7.つか俺でも主催できるんなら、誰でも主催できるお

 8.準備がほぼ不要なら、忙しい人でも主催できるし

 9.ってことは他人をそそのかして主催させて、俺は通常参加ってこともできるお(バンバン)

って、感じです。なんという腹黒(笑)。

まあ、もうちょっとパッケージ化するために練りこみが必要だけれども、
今日はこんなことを考えていました。

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2011年06月07日

東浩紀さんについて

東浩紀さんがやたらと叩かれてるんで、思ったことを書いてみる。

もともと批評や思想のフィールドでやっていた東浩紀さんが
やたらと注目されるようになったのは、
『動物化するポストモダン』
あたりからじゃないだろうか。

自身もオタクである東浩紀さんが、
オタクという特異な現象を現代思想の手法で
クールに取り扱ったのが受けたのではないかと思う。
もちろん批評ではカリスマだったし。

そういう文脈は、例えば「オタキング」こと岡田斗司夫さんにもかぶるものがある。
彼は一線級のオタクが自分を突き放して捉えるというスタイルを
オタクたちのあいだに持ち込んだわけだけど、それはちょっと批評っぽかったりした。
元のフィールドは違うけれど、似ている。

で、批評とか思想に関していえば、
東浩紀さんの書いたものはすごいわけで、
思想地図という一連の取り組みやisedという鈍器になりそうな分厚い思想雑誌も
批評のコモディティ化に大きな役割を果たしたと思う。

批評なんか役に立たないということはよく耳にするし、
東浩紀さん自身もそんな発言をして
作家になろうとして迷走をはじめちゃったけど、
僕は批評や現代思想というツールは、
他の専門を持つ人にとって、実に強力な道具(ツール)になると思っている。
特に技術や科学などを専門とする人にとっては。

それこそなんのつながりもなさそうだけど、
建築の分野ではわりと頻繁に批評的な文章を目にするし、
社会とのつながりを、長期的に捉えようとするときには
批評というツールは効果的だったりする。
あとは自分の思考を制御するという部分でも。

東浩紀さんは、批評に力がないということを受け入れられずに、
他の分野に走ってしまったんだと、ある作家賞の授賞式で言っていた。

実はそんなに非力ではないし、
彼の力ならもっと批評というツールをコモディティ化させることができた。
でもそれは批評の動物化・大衆化にもつながる。
現在のネット言論はまさにそれかもしれない。

その動物化した批評というツールが自分に向けられるという皮肉。

というわけで、現在の東浩紀さん叩きはなんとなくわかるけど、
彼が批評の世界に戻れなくなるほどの状況を現出させるのは、
わりと日本にとっての損失じゃないかと思う。

だって、あれだけ思想の状況を日本語でわかりやすく編集できる人って、なかなかいないよ。

原発関連の失言は多々あるんだけれど、
あれだって、きちんとコンテキストを整えた状態で発言していれば、
それなりに受け入れられたんじゃないだろうかと思う。

今はTwitterのせいで迷走しているけれど、
本来の紙ベースの現代思想と批評の仕事に戻って、僕らを楽しませてくれないかな、と、
僕は結構、まじめに思うのだけれども。



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2011年05月22日

ビブリオバトル2回目

今日は月に1回のビブリオバトル名古屋に参加してきました。

 ↓↓ビブリオバトルってなんぞ、という話は以下↓↓

  「ビブリオバトル初体験」
   http://kirikuzudo.sblo.jp/article/44517669.html


私は2回目の参加になります。
前回は飛び入りだったので、きちんと本を用意できませんでしたが、
今回はちょっとだけ考えて本を持っていきました。

『はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語』(吉田武、幻冬舎新書)

 ↓↓ブログでも読んだ記録をつけてますね↓↓
 http://kirikuzudo.sblo.jp/article/39718593.html

はやぶさ本はいくつか見ましたが、自分はやっぱり吉田武先生のが
一番しっくりくるのと、これははやぶさへの記述もさることながら、
M−Vロケットと宇宙研の射場の変遷がきちんと描かれているあたりが、
なんともいいのです。
あと、NASDAもありますが、まあ、戦後の日本の宇宙開発史が、
ここに概説されている、という。
くわえてブームが来る前、トラブルで帰還軌道がかわった時期に初版が出版されているのもいい。

で、このあたりをプレゼンで喋ったら、『はやぶさ』さんがチャンプ本になりかけました。

他の人がプレゼンしてた本では『人を動かす』(デールカーネギー)がよかったなあ。。。

そして、次回はどの本でいこうかな?
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2011年05月01日

高専ロボコンの教育効果について

高専卒だけど、ロボコンやってませんでした。

けれど、放課後にわりと実習工場にいたのと、
ロボコンやっていた人と割と仲が良かったというので、
それなりにロボコンについて知っているという。

ちなみに僕の母校は全国常連ですが、学科別にチームがあり、
機械科のロボコンチームは地区大会敗退が常識です。
フリスビーのときは優勝したのにねえ。。。

まあ、それはいいとして。

先日、Twitter上で、ロボコンについて、

「教育としてきちんと役に立っているのかな?」

という疑問が呈されました。

ログを取り損ねたので、そこのところの細かい議論は
僕も一度、目を通した程度だったりするのですが。

高専生は入学時の高専システムのとらえ方によって、
数種類にわけられるような気がするんですよね。

 1.高専を「高度な工業高校」と思っている人

 2.高専を「ロボコン」のフィールドと思っている人

 3.高専を「工学研究者のキャリアパスひとつ目」と思っている人

僕の感覚としては、1.な人はあんまりTwitterにはいなくて、
2.がマジョリティーで、3.な人もぼちぼちいるかな、と。

僕なんかは「ロボコン」に対する憧れみたいなものがあったけど、
入学後に説明きいたり状況を確認するにつれて幻滅したし、
もともとどうしても「ロボコン」をやりたかったわけじゃなくて、
どちらかというと早く働きたいという気持ちが強くて、
たぶん、1.な人だったんじゃないかと思う。

自分が研究者になれるほど、賢いとは思っていなかったし、
だから、大学に行くなんて選択肢もなかったんだけれど。

で、ロボコンなんだけど、僕は学校によってすごい違うと思うんだよね。

Twitter上で会ったロボコンOBの人たちは、
少なくともロボコンで使う範囲の技術についてはだいたい網羅している、
という感じだったし、そこに仕事で覚えた知識を上積みしていた。

そこから大学に行った人は、ロボコンのキャリアを上書きしちゃう人もいるし、
ロボコンという基礎の上にロボット方面でのキャリアを上積みする人もいる。

僕の母校の同級生でロボコンやってた人なんかは、
ほとんどロボコンのことなんて忘れてるんじゃないかというぐらいだし。

そういうことを考えたときに、
高専ロボコンの教育効果っていうのは、実は一部の人に限って得られる、
特殊なものなんじゃないかな、と思いました。

チームマネジメントだって、ごく一部の上級生が得られるものだし、
それは寮の指導寮生をやっていても発生してくるお仕事なわけで。

ロボコンで行使する構造も機械もソフトウェアも電気回路も、
わりと範囲が狭いということを考えると、それをそのまま応用できる仕事は、
本当に限られてくる。
高専の卒業生がそれに当たる可能性なんてかなり薄いし。

そういう意味では、高専ロボコンが直接的に高専生におよぼす教育効果って、
実はすごく狭く限られたものなんじゃないかと思っている。

あと、ロボコンは究極の要素組立設計なんだけど、
要素の組合せはコモディティ化しやすいし、
下請け化しやすいし、差別化が難しい。

経営タームで見たとき、ロボコンでの成功体験が逆に邪魔をするんじゃないか、
という心配は、クリステンセン信者としてはわからないくもない。

それとは逆にコンポーネントを作れるというのは強い。

しかし、要素組立設計をやったことがないと、
優良なコンポーネントを作ることは非常に難しい。

そのあたりまで意識して、ロボコンをやっている学生はいるとは思えないし、
そこまでわかってもらうのは難しい。

だから、高専ロボコンが間接的に高専生におよぼす教育効果として、
一番大きいのは、チームできちんと動くシステムを組み立てて、
運用してみたという経験を得られるってところだと思う。

そしてキャリアパス的には、ロボコン−>大学−>研究開発、な人が多いし、
まあ、ロボコンの成功体験も薄れていくと思う。

まあ、あと、楽しめるものや打ち込めるものがある、受け皿があるってのは、
たとえ役に立たなくてもいい話だとは思うわけですよ。僕は。

というわけで、僕はロボコンはいいものだと思ってるんだけど、
それなりのフォローを先生方や卒業生、先輩ロボコニストの方々に期待したい、
とも思っている。

だから、

「教育としてきちんと役に立っているのかな?」

って言葉が出てくること自体に僕は感謝したいな。
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2011年04月30日

決断はくだらないものでも大変

言いたいことはmedtoolzさんが全部書いてくれていた。

「悪い奴らは来なかった - レジデント初期研修用資料」
 http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/1115

勤め人だった頃、ほんとにぬるま湯で、必要な決断のほとんどは上司がしてくれた。
たまに暴走して自分で判断して動くことはあったけど、それは「決断」じゃなくて、
失敗しても後始末をしてくれる人がいるっていう前提があっての「甘え」だった。

仕事が変わって、小さな会社になって、誰も失敗の後始末をしてくれなくなって、
はじめは昔と同じノリで判断をしていたけれど、それで失敗したときに、
誰も後始末をしてくれなくて、失敗の後始末は自分でやるもの、になった。

徹夜つづきで、まったく知らなかったことを1から覚えることもあった。

そういうことを2年間くらい続けて、ようやく「決断」らしきことができるようになった。

きちんとした裏付けがあるわけじゃないんだけど、
必要な判断材料がない状態で決めなければならないときに、
こうしたほうがいい、というのがわかるようになってきた。

コツというんだろうか。
決断することを小さく分割する、というか。
決断することで発生するものを小さくしておく、というか。
そうすることで、なんとか「決断」できるようになってきた。

あとは「決断」を回避する方向に持って行くということもわかるようになってきた。

必要な判断材料を先手先手で増やしていく、事前に関係者にそれを少しずつ浸透させておく、
あとは自分が「決断」しなくても、ほかの人(主にお客さん)が「決断」してくれる。

ついでに「先延ばし」することも覚えた。
頭を低くして、じっ、としていると、まわりの状況が変わってくることがよくわかるようになった。
こちらに悪い変わり方することもあるけど、そういう臭いもなんとなくわかるようになった。

さらに言えば、状況がこちらに悪い変わり方をしそうなときは、さっさと「決断」するようになった。

たぶん5年前の自分が見たら、官僚的というか営業的というか、こう、かっこ悪く見えると思う。

でも、それはぬるま湯につかっていたから言える話で、もっとも叱られっぱなしのぬるま湯だったけど、
いまは自分以上にそういった官僚的なやり方がうまい人を尊敬するほどになっている。

それとともに、僕の視界からは悪者が消えて、できる人とできない人の区別も消えて、
OPP(オブジェクト指向プログラミング)でいうところの、
メソッドと属性とデータを持ったオブジェクトとして、人を捉えることもできるようになってきた。

過剰適応だと思うけれど、それがすべて「決断」を回避するため、および、「決断」するため、
ということから来たとすると、やっぱり決断はくだらないものでも大変なんだと思う。

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2011年04月29日

大人げないミニ四駆

Twitterでミニ四駆の話が出たので、タミヤのサイトを見に行ったら、
すごいことになっていました。

僕らはダッシュ四駆郎の時代ですから、シャーシを削って軽量化とか、
鉛板を両面テープで貼り付けてバランス取るとか、それぐらいでしたが。

チタニウム合金製の中空シャフトとか意味がわかりません。
さらにミッドシップマウントのモーターですか。
しかし、モーターの端子とサイズは相変わらず。
ピニオンが真鍮ってのは贅沢ですね。

ちなみに、FA-130(マブチ製)の定格は、

 電圧:1.5V
 トルク:4g-cm
 回転数:6400rpm
 電流:500mA

となっているので、定格消費電力は0.75W。
軸出力は効率60%と仮定すると、0.45W程度です。

ということで、機械設計をやってる大人が、
財力と知識のすべてをつぎこんで、大人げなくミニ四駆を作ったら、
どうなるんだろうという妄想をしてみました。


1.モーター

 モーターはもちろんロボコニスト御用達のマクソン。
 小型化も狙って、RE-maxのφ13シリーズです。

 http://www.maxonjapan.co.jp/products/datasheets/115-116.pdf


2.バッテリー

 市販の単3電池は重量あたりの出力が悪すぎるので、
 NECトーキン(現NECエナジーデバイス)の
 ラミネート型リチウムイオンバッテリーを採用。

 電池は電圧の確保と軽量化を並立するため、
 充電容量は2走行ギリギリできる程度におさえます。


3.ボディ

 空力に関しては、実車よりレイノルズ数が2桁以上小さいので、
 境界層の剥離よりも、前面投影面積の減少を図るほうが有効と判断します。
 A5052プレスのモノコックボディ採用。もしくはA7075削り出しでも可。


4.タイヤとホイール

 タイヤ直径を2/3に減らし、扁平化とともに低弾性ゴムを採用しグリップを確保。
 さすがにF1みたいに地面にひっつくレベルまではいらないですが。
 ホイールもA7075削りだしで。


5.モーター制御

 低速からのスムーズな立ち上がりを得るために、
 マイコンとFETによるPWM電圧制御を採用。
 外部からの赤外線信号入力でタイマー始動。


6.テストスタンド

 もちろん大人げなく、各種のテストスタンドも準備。
 100VコンプレッサとPVCパイプを用いた試験風洞。
 ボールベアリングを使った走行ローラー。などなど。


7.コース

 0-100mのタイムトライアル用コースを準備。
 SS400 t2板を曲げてジョイントして作る。
 計測は光電センサとマイコン。
 設置に際しては、水準器を用いて水平を出し、
 タミヤ非公認だけど最速のミニ四駆としてギネス登録を狙う。


というわけで、大人が年甲斐もなく、ミニ四駆に全力で取り組んだらどうなるか、
の妄想でした。いや、でも、大人げないミニ四駆、はなかなか楽しめるかもね。

工業大学でレギュレーションフリーなミニ四駆0-100m大会とかやったら楽しいかも。
最速だと100mを何秒で走れるんだろう、あのミニ四駆サイズのマシンは。


※訂正事項
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2011年04月25日

Livlisなんていらんかったんや

LivlisがTwitterと連携しているのって、
お互いの普段がみえている状況での物々交換を実現したい、
ってところだと思っていたので、ちょっとガッカリというか。

実は2品ほど、出品したんですよね。

・プロクソンの卓上ミニフライス盤
・ノーチェの2人用テーブル

で、応募してきた人たちのTweetをしばらく見ていたんですが、
あんまりつぶやいていなかったり、公式RTばっかりだったり。

どうも、僕が出品したものが本当に、日常に密着して必要なのかどうか、
Tweetから伝わってこない。

僕の読解力がないだけなんだろうかと思ったけど、
どうもLivlisのためにTwitterをはじめたような人もいたりするみたいで。

これはどうも違うな、と。

で、まあ、出品終了にして、放置しておいたわけです。


それから数ヶ月。

ある日曜日、相互フォローしている方が、
「XXを家電量販店で見てるけど高いなあ」というTweetをされました。

実はXXも死蔵していたので、「こんなんあるけど、いかがです?」と
リプライしてみたところ、とんとん拍子に話が進み、
先日、最寄り駅にて受け渡しをしてきました。

で、その帰り道に思ったのは、

「Livlisなんて(俺には)いらんかったんや!」

ということ。

そこからちょっとだけ思ったのは、以下のこと。

Livlisというのは、おそらく元は、

「Twitterで相互フォローしている人たちが物々交換をしやすくするための」

補助システムだったと思うのですが、
それがいつのまにか機能だけ分離されて、

「Twitterをやってる人たちが物々交換しやすくするための」

補助システムになってしまったのだと思います。

Twitterで相互フォローしていなくても、物々交換したくなったら、
フォローすればいいだけですから。
システム的には相互フォロー状態でなくてもできますし。

まあ、システム設計に失敗している、と昔の上司ならバッサリでしょう。
僕もそう思います。

で、どうやったらアカウント消せるんだろう??

もしかして、永久に残るのかねえ、、、設計したやつ、ちょっと屋上。
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2011年04月24日

ビブリオバトル初体験

ビブリオバトル@名古屋、に飛びこみ参加してきました。
当日に参加連絡してゴメンね、中の人!

ここで、ビブリオバトルってなあに、という話をしておきますか。

ビブリオバトルっていうのは、

 複数人で、それぞれ自分が面白いと思っている本をプレゼンテーションし、
 いちばん「読んでみたい!」と思えた本に投票して、
 多数決でチャンプ本を決定するというスタイルのイベント

というものです。

基本的には参加者全員がプレゼンするわけで、
私もたまたまスタバで読もうと持ち歩いていた「原子力プラント工学」で
いきなりプレゼン。

でも、人数が少ないので、高専カンファよりはよっぽど気楽です。
スタイルとしてはカンファのLTCに近いのかな?

5分間、言葉と目の前の本だけを使ってプレゼンします。
で、残りの3分間で質疑応答、という形。

面白いのは、もう、ジャンルとかの縛りがないので、
なんでもアリってこと。同人誌ももしかしたらアリなのかな?

まあ「原子力プラント工学」は異端でしたがw

そう考えるとカンファもぶっ飛んでるよね。


あと、重要なのは、本を選ぶ、というスタンス。
もちろん、プレゼンがきちんとできていないといけませんが、
大切なのは、投票先は「読みたくなった本」ということです。
プレゼンの優劣を競うものではない、ということ。


しかし、ここで気をつけておきたいことがあるかと。


自分がおもしろかった本をプレゼンするというのは、
ちょっとした責任がつきまといます。

そのおもしろさを伝えきれないということは、
その場にいる人、数人に、「この本を読まなくてもいいや」と
思わせてしまうことにもなるからです。

お金に換算するのは面倒なんでしませんが、
実際、印税を考えると、著者に金銭的な損失が発生する可能性もあります。

それ以上に、著者やその本の存在が薄くなってしまうのは寂しいことですよね。
というわけで、プレゼンは適当にやればいいというものではありません。

参加して思ったのは、私もですが、なかなか上手いプレゼンテーションというのがない。

きっと、昔の上司が見ていたら、片っ端からダメだしされただろうなあ。。。
まあ、半分は学生さんだったりするので、仕方ない面もありますが。

次はそれなりの準備をして望みたいと思いました。

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2011年04月16日

厨二病と世界プラント

先日のyutiさんのコメントをまるごと拝借。
ちょっと改行位置はいじってますので、余裕のある方は原コメントを。
http://kirikuzudo.sblo.jp/article/44264782.html#comment

原子力の開発(及び実用)を止めろとは言わないけど、
もう少しスピードをゆるめてもいいんじゃないかと思う。
だって、原子力を使えるようになったのなんて、
つい最近の話でしょ?

空を飛べるようになったのも、
コンピュータを使えるようになったのもつい最近。
どうしてそんなに焦る必要があるのかと。

文明の進化スピードをゆっくりにして、
今生きている人たちが安全に、
楽しく生きられる社会を作っていったほうがいい。

こんなに科学技術が進歩しているのに、
どうして僕らは日々、何かに追われ、
危険と隣り合わせで生きていなければいけないの?


浅学菲才の僕には、この質問にきちんと答えられないかもしれないけど、
試してみよう。

まず、いくつかのキーフレーズを並べてみる。

・正のフィードバックで制御するなんて狂ってるとしか思えないだろうけど、
 今の経済ってのはその狂ってるとしか思えないことをやっているんだぜ。

・いままでの急ぎすぎた100年をもう100年かけてやりなおしてみよう。
 なに、簡単さ。アメリカ大陸に行って、アーミッシュになればいい。
 もっとも君の孫は結局、ニューヨークで金融屋をやるんじゃないかな。

・人間ってのは思ったほど自分の思い通りには行動しないのさ。
 頬杖をつこうと明確な意思をもって、君は机に肘をおいているのかい?
 戦争だって似たようなもんだ。シュリーフェンに聞いてみたらいい。

・戦争するのは人間さ。機械に罪はないよ。

さて。僕らのうちの誰が、僕ら全体を変化させることができるだろう?
結局、いま感じている無力感というのは、誰も自分の乗っている船の舵をとることができなくなった、
ということに帰結しているんじゃないだろうか。

だから、文明の進化スピードをゆっくりにする、とか、
あせらずにゆっくり進む、とか、
そういう個体の比喩で、人類や国家の振る舞いを表現すること自体が、
もうナンセンスになってきたと言える。

僕が内田樹さんや白田秀彰さん、東浩紀さんなどの意見について、
それぞれの専門分野では信頼しつつも、全体の描写について同意しかねるのも、
きっとそれが原因だろう。

個人としてはわりと好きなように振る舞える。ゆっくりしたっていい。
ただ、全体や周囲を変化させることは、極めて困難な状態になっている。
人が個人の経験というフィルタを通して全体や周囲を描写しようとしたときに、
そこで齟齬がうまれるのだと思う。構造主義的だよね。

そして、経済という僕たちの集合が持っている欲望の現身(個々の欲望の集合じゃないよ)が、
人の集団というプラントの振る舞いを規定するパラメータとして重要な意味を持っていて、
しかも、それが正のフィードバックで運用されているわけだから、
個人としてはわりと好きなように振舞っているつもりでも、
結局、人の集団というプラントの一部として、パラメータにしばられていることになる。

人間、わりと自分の思ったとおりには行動できないもんだからね。
このあたりはアフォーダンスという言葉で調べてもらうと取っ掛かりやすいかもしれない。

人の集団というプラント(制御系)のコントロールは、人の集団に委ねられているのに、
その制御は正のフィードバックで運用されるパラメータを使っているわけだから、
文明の進化スピードをゆっくりにしたいと思っても、加速する方向にしか制御されてないわけだ。

絶望的だと思うかい?(ポッキーの箱を差し出しながら)

でも救いもある。

はっきりと言えるのは、我々はそれなりに進歩している、ということ。
そして、それは文明の進歩と歩調をあわせていると言える。
30年前、僕はまだ生まれていないけれど、
自分の父親や勉強をしていない大人たちの価値観と比較すれば、
より広いスコープで物事を捉えられるようになってきている。
これは人間の進歩ではないだろうか?

僕ら全員(もしくは大多数)が、思考のスコープをもっと広げられたときに、
正のフィードバックで運用されているパラメータを、別のものに差し替える方法を、
大多数が理解できるかもしれない。人類の大多数が、ね。
そのときが来て、はじめて焦らず、ゆっくりと減速できると思う。

そうなるときまで、ヒトは加速し続けるなかで生きていくしかないんだと思う。
重ねて言うけど、僕達の個人個人にはもはや全体を制御する術は、ない。
だから、どんな言葉も文章も書物も、個人にしか影響を与えられない。
ただ、忘れていけないのは、集合というのは個体要素の集まりだということ。

だから、ヒトは今日も、脅迫や説得や発言や意見表明やデモやツイートをやめないんだろう。

もちろん、僕も例外ではないよ。
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2011年04月13日

原子力は宇宙へ向かう

今日はYuri's Nightということで、久しぶりにちょっと宇宙の話を書いてみようと思いました。
さらにいま話題の原子力。内容はタイトルどおり、原子力の宇宙利用です。

きっかけは、山中俊治さんのブログ。
久しぶりに読んで、やはり原子力技術は宇宙空間にこそふさわしい、と思いました。

確かに今後30から50年の推移では、太陽光・太陽熱・風力で主導権を握った集団が、
経済的には成功するだろうけど、宇宙に行ったら話はまた変わるよな、と。

100年単位のスコープで今後の人類の行動を考えてみると、
どうやっても人類は宇宙に出ていってしまうわけで、
そうなったときに、原子力技術、特に核融合炉に関する技術は、極めて重要になってくると思います。

というのも、宇宙空間には
「風が吹いていない」(太陽風はあるけど)
「熱の移動は、熱伝導と放射に依存」(熱伝達はいろいろと難しい)
「ソーラーパネルの大量使用は製造も輸送も保全も困難」
という制約があり、たぶん、ある程度は原子核の核分裂もしくは核融合により発生する、
エネルギーを利用していかなければならないのではないかと思います。

特に宇宙空間は原子炉ほどではないにしても、宇宙線という名の高エネルギー放射線が飛び交っています。
地球という放射線防護区域の外、つまり防護区域外の領域においては、デフォルトが放射線環境なので、
意識を逆転させる必要があります。そこに原子炉などの可能性があるように思います。
つまり、原子力に頼るのが当たり前だと、人間が意識するようになる、という可能性が。

また、惑星間の移動については莫大なエネルギーが必要になり、
これを水素・酸素の化学反応によるエネルギーに頼ると、えらいことになります。
軌道上で太陽電池により発電して生産するにしても、地球上から水を運ばねばならない。
こうなると勘定が合いません。

まだ様々な可能性が、技術が、検討されていますが、
原子力は惑星間航行や宇宙空間での生活圏成立においては、
現段階で、極めて現実的な選択肢だといえます。

もちろん、人類が宇宙に出ていかない可能性もあるけど、
それらはだいたい50:50ぐらいじゃないかと思っています。

で、そういう賭けで、片方に全ての賭け金を置くのはいいやり方じゃないですよね。

そういった、遥か先の未来を考えてみたときに、僕らがいまここで怯えて原子力という選択肢を削ってしまうのは、
そのまま、人類の未来の選択肢を削ってしまうことになるんじゃないかと思ったのです。

夜空を見上げて、ちょっと考えてみてください。
僕たちは星星の歴史の中にいるだけ、
僕達が立っている(もしくは座っていたり寝ていたりする)ここも宇宙の一部だってことを。

もちろん、この文章は僕がぼんやりと考えていることを書き下しただけで、
特に何かを主張したり考えを変えるように迫ったりするわけではありません。

でも、そういう考え方をしている人間がいて、たぶん、あなたのそばにも、
ひっそりと似たようなことを考えている人がいることを想像してもらえたらな、と思って書きました。

人類がはじめて宇宙空間に飛び出してからちょうど50年の夜に。 kirikuzudo


追記:宇宙用のリアクターに関しては
http://slashdot.jp/~von_yosukeyan/journal/377827
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=03-04-11-03
このあたりが詳しいです。
他にもTwitterで原子力クラスタなどをフォローしてみると面白い話が聞けるかもしれません。
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2011年04月12日

そろそろ「良い〜」をやめないか

「良い日本」「良い名古屋」というフレーズを目にしたらとりあえず眉唾ものだと思ってしまう。
あなたの「良い」がわたしの「良い」と重ならないことを想像できないのか、
想像したうえでの脅しなのか。

いずれにしても「俺の野望に手をかせ」といわれるほうが信用できる。

「断る」と言いやすいから。

もちろん、選択の余地があるように見せるのはネゴシエーションの基本だけど、
それを加味しても、自分が相手より広く考えていると、
言葉にして言っちゃう人よりは、そうじゃない人の方が付き合いやすい。

「悪い」より「良い」ほうがいいのはみんなわかってる。

わかっていてもできないから、困っているんだ。

だから、「良い〜を実現します」という人がいても、
その具体的な方法を示してくれないと尊敬できないし、応援できない。

目的地を見せるんではなく、目的地への手段を見せてあげないと、
僕は動かないし、尊敬しない。

きっと他の多くの人もそうなんだろう。そういう時代だ。

ある意味、それはみんな、きちんと歴史を学んでいるという証拠だ。
目的地だけ見せて地獄に堕ちた人々は歴史上にたくさんいるし、
現代でもまだまだ多く事例はある。ポル・ポトとかね。

だから、そろそろ「良い〜」をやめないか、と思っている。
具体的に何をするかが、知りたいんだ。僕は。
みんなもそうだろう?
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2011年04月11日

ちょっとだけ高専カンファ三重での自分の反省点とか

<コミュニケーション能力なさすぎ>
序盤で懇親会を抜けたとはいえ、
自分のコミュニケーション能力のなさは、
まさにぶっちぎりだな。
アラサーとはいえ、もはやどうしようもない域に達している。
あとパーソナル用名刺を忘れるな>じぶん
*パーソナルは個人、プライベートは企業、パブリックは公官庁その他、って感じの使い分け。

<発表が下手すぎるお>
発表に関しては、もうちょい会場のレスポンスと時計を見る余裕が欲しかった。
あと時間ぴったりじゃないとやっぱりもったいない感が。
Twitterのレスポンスも見ながらしゃべりたいな。
滑舌の悪さやセリフ回しのつたなさは訓練で改善可能だから、
もうちょいがんがれ、じぶん。

<スライドとかの準備ができてないぞ>
スライドは前日に提出しておくべきだった。
機械式の切り替え機は最近のプロジェクターの自動検出と相性最悪の地雷なんだよな。
ちなみにThinkPadさんは外部モニタを検出すると、自動でミラーモードに切り替わるのです。
ThinkPadさんはiPadがあればいらなかったな。ただ、Keynoteがない。そろそろ購入するかいな。

<発表内容>
ネタの練り込み不足かなあ。他のLTerはスライドあたり、単位時間あたりの
意味情報量が飽和ぎりぎりのラインまでつめてあったし、
あれがLTerの標準なのかと思うと、ちょっと自分の発表が恥ずかしい。

<その他>
休憩中だったとはいえ、冷めたカツ丼を食べはじめたのは空気読まなさすぎたと反省している。
スタッフの子ははらぺこだっただろうに。。。


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2011年04月05日

なぜ僕は地震と原発について語ることをしないのか

このエントリを書くことで表題の意図しているところが崩れてしまうけれども、
自己言及が自己の状況を破綻させるのはよくあるので気にしないでほしい。

まあ、結論からいくと、直接的に今は関係ないから、ってのが理由になる。

なんといっても名古屋在住ですからね。しかも高台。まあ、家は一発で倒壊しそうな築60年の木造だけど。ははっ。

で、いざ選択を迫られたときに備えて、資料を買って読んだりしているけど。
(実は原発事象のちょっと前にTwitterの軍事クラスタで地震と原子力について盛り上がっていたのをうけて、
 いくつか資料を買いこんでいたりしたのが、不幸な偶然で役に立っている)

僕は本当に自分が影響を受ける一歩手前ぐらいで反応すればいいかな、と思っているし、
「この人達があわてはじめたらマズイんだろうな」という人をウォッチしている。(TwitterやRSSって便利だね)

原発については本当にマズイことになったら、
早野先生や野尻先生がそれなりの意思表示をするだろうから、
そうでない限りは大丈夫だと思っている。

地震については、まあ、在庫や流通状況を日々、耳にするので、
それでだいたいこちらへの影響は把握できたりしている。仕事柄。

原発事象による様々な影響もちょこちょこと人づてに情報が入ってくる。

もちろん、ウォッチしている人の判断の正確さや流れてくる情報の確度はわからないけれど、
その人がだいたい間違いないことを言うであろうことや、在庫点数をごまかしてもしかたないことや、
僕にそれを伝えることによって誰も損得しないことや、そのあたりをこう、るつぼに入れてひっかきまわすと、
情報量さえ絞っておけば、だいたい大間違いはしない。
小さな間違いはしょっちゅうだけど、クリティカル(致命的)ではないから。

逆にささいなことを針小棒大に伝えられて、情報量過多で混乱するよりは余程いい。
つまり、テレビやラジオをがっつり見てるとよろしくないってことですな。

あとは権威だってミスをするし、これだけ専門分化が進んだ世の中、不得意な分野だってある。
学会や信頼のおける出版社から出ている過去の本はそういう中で灯台のような役目を果たしてくれると思う。
学術のすばらしさは政治的・経済的なバイアスがわりと除去されていることで、多少は残ってることを考慮すれば、
事実の集合として状況の判断に活かせることである。

そういった資料や本を手に入れるのは手間だし、読んで事実と意見を選別するのも面倒だろう。
しかし、そのような手間暇や様々な障害も信頼のおける情報を抽出するフィルタの役目を果たすことがあるのだと思う。

要はまともな本を読んで、テレビやラジオの話を聴くのはそこそこにして、
日常、やれることをやりなさいってことだよ。

被災地でもないところの人達がよくこれだけ毎日、騒げるなあ、と思う。
お前ら、暇だろ、としか思えない。

まあ、こんな文章をこさえちゃうぼくもそれなりに暇なんでしょうけどね。
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2011年04月04日

高専カンファレンスin三重

高専カンファレンスin三重から1週間が経ちました。
年度末の運用もひととおり終わったので、
そろそろブログでも書こうかな、と。

カンファでも言われちゃいましたしね。
帰ってブログを書くまでがカンファです、とw

で、今回、カンファに初参加で、
しかもいきなりLTCで5分間しゃべってきたわけですが。

・会場準備がしっかりしてるな
まさか駅から会場まで誘導人員まで配置しているとは思いませんでした。
僕は三重大学の卒業生と一緒に行ったので特に問題なしでしたが、
たしかにスムーズな会場への誘導はスムーズな開始への第一歩。
配信設備もすごいし、名札の書き方や受付などもよく考えてあったと思います。
高専カンファとしてはこれが標準なのかわかりませんが、
そこらへんの企業のセミナーなんかよりよっぽどしっかりしているな、と思いました。

・発表技能の平均レベルは高いな
なんで17歳の子がこんなにしゃべれるんだろう、というくらい。
スライドもつくりこんでありますし、笑いもとるのを忘れない。
ちょっと笑いに走り過ぎている感、ネタに走り過ぎている感はありますが。
さすがにちょっと手を抜きすぎたな、俺、と思えるくらいです。

・発表内容はもうちょっと真面目でもいいよな
上の話に関連しますが、もうちょっと「勉強会」っぽくてもいいかな、と。
まあ、「発表」自体の勉強としては間違ってないんですが、
もうちょい技術的に濃いお話があってもいいんじゃないかと思います。
僕も今回は機械寄りのネタだったので、ちょっとレベルを抑えていましたが、
あと数歩ふみこんだ内容でみんなが話をできたらな、と思います。
そうすると低学年が参加しにくいという話もありますし、ここは今後の課題かな。

・ネタはネタでいいよな
ネタはネタで、まあいいかな、と思いました。
こういう内輪ネタがあるからこそ、若い人も恐れずに参加できるわけだし、
発表のノリをつかんでから、技術的に深いところまでゆっくり進めばいいわけだし。

・かなり気楽にしゃべらせてもらったよな
感想になるんですが、かなり気楽にしゃべらせてもらったな、と。
じぐそう君の親父さんとゲストのお二方をのぞけば、たぶん、私が一番、おっさんなので、
気楽な反面、ちょっとプレッシャーもありましたが。

・Twitterのレスポンスも含め、ちょっと話し足りない部分があるなあ
というわけで、いま、ちょっと資料をまとめています。
材料力学は形状と応力とひずみに焦点をあわせていますが、
材質選択というところもふくめて、ちょっと話し足りなかった部分をスライドにしているので。
私のスライドはしゃべらなくてもいいスライドですし(笑)。

ってなわけで次は名古屋だなっ!
その前に大阪026もあるけど。
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2011年03月12日

とりあえず自分にできそうなことメモ

インフラが大規模に破壊されているので、ここは設備屋として復旧のためになんらかの物的支援ができるんじゃないかと考えている。
特にうちにはいくらか、不良在庫と化しているポンプが眠っているので、それらをうまく活かせないかと考えている。
私は経営者ではないので判断は難しいが、このまま鉄屑になるのを待つよりはよっぽど有意義なんじゃないかと思っている。

こういうときには利益を考えてはいけないんだとおもう。
僕たちは商人である前に人間でなくてはならない。

例えば、給水作業用にAC100Vで動くステンレス製のポンプを台車に載せてやれば、
発電機とあわせていろんな場面で使えるだろう。
電力系統の復帰はおそらく最も早い部類だとおもうので、そうなれば本領発揮となるし。
今回は原子力発電所の炉を完全停止までしているので大変かもしれないが。
1ヶ月後ぐらいにならないと使えないんではないか。。。

もっと手軽なのはPVC製の手押しポンプの作り方を提供するとかもいいかもしれない。
性能と耐久性は悪いが、ないよりマシだし。

自分の専門がいかせる分野が少ないなのが悔しいな。

1ヶ月後には仮設住宅が並んでいる可能性が高いので、そのための機材を考えるのもいいかもしれない。

これを見ているひとのなかにはぼくより優秀な人がたくさんいるとおもうので、
みなさんも考えてみてください。

数ヶ月、数週間のスパンで、これからどういったスケジュールで復興に向けてこの日本人のという地に住まう人々が動くのか。
そのときに、自分はどんな歯車になれるのか。
阪神・淡路大震災の記録をベースにして。

あのときよりもっとうまくやれるはずだから。
教訓にすることこそ、阪神・淡路大震災で被害をこうむった人たち、
戦い抜いた人たちに対する最大限の敬意だとおもうから。


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とりあえず被災範囲外の人は

なにができるかを考えよう。こういうときは批判とか後悔は役に立たない。
親戚や友人のことが心配だろうけれど、あなたが心配して消耗するより、
自分を見失わずにできることをする体制を整えて、
あなたができることが必要とされる時期をじっと待つのだ。

ささいなことでもいい。

日本は十数年前に阪神・淡路で大規模な震災を経験した。
たくさんの報道がなされ、たくさんのエピソードが書かれて、
それらは日本人の血肉となって共有されているはずだ。

思い出そう。阪神・淡路では10年以上経った今でも傷跡が残っている。

これは日本人のという地震の巣に住まう僕らの宿命だ。
大規模な地震が起きた場合、その復興には年単位の時間がかかる。
いまはなにもできない人が多いだろう。
しかし、1年後でも5年後でも、あなたがもつなにかを
被災した人や地域が必要とするときがくる。必ずやってくる。

そのときにスムーズに動けるように、自分を鍛えておこう。
今日という日を忘れずに。
それができるのは、今日という日を忘れずにいる者だけだ。

究極的にはぼくらがきちんといつもどおりの毎日をおくることだって、
被災した人たちが必要とすることの一部なのだから。

さあ。寝よう。明日に備えるものだけが、明日、戦うことができる。
僕たちの戦いははじまったばかりじゃないか。そうだろう?
posted by kirikuzudo at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2011年03月11日

おまえらTwitterじゃなくてblog使え

こういう大規模災害のときに自分の言いたいことをTwitterに流すのってどうなんだよ、と思う。

まあ、好きにしたらいいんだけどさ。

こういうときこそ、速報性のいらないことはblogを使えばいいとおもうんだけど。

きちんとした情報ソースをもっていて、独自性のあることをtweetするならいいんだけど、
だいたい、みんなRTとかニュースサイトのURLをはっつけて引用するだけだもんな。

大事な情報が結構、埋れたんじゃないかな。


☆私信:
本日、京都での飲み会で会う予定だった方々へ。

新幹線の運行が停止しており、そちらに向かうことはできたのですが、
帰ることができなくなるため、本日は出席を諦めることにしました。
ドタキャンで申し訳ありません。
電話も通じず、メールも届いていないようですので、
blogにて連絡いたします。

posted by kirikuzudo at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

ジムに通いはじめました

というのも、作業服のウエストが限界近くなったからです。

ちなみにスーツや私服のオサレなパンツもほとんどアウトです。
とりあえずお気に入りの23区オムは全滅。

体重もここ2年半で約18kg増えていました。

京都時代はだいたい62〜65kgでやっていたので、
30%増量です。どうりで身体が重いわけだ。。。

いままでは仕事が忙しいと言い訳してジムに通うのをためらっていましたが、
そうも言ってられません。

昔の偉い人(上司)は言いました。

「時間は作るもんやろ」

そんなわけで、とある平日に仕事を早めに切り上げて、近所のジムにて契約。
日曜日、月曜日と2時間ずつ運動してきました。

絞れば時間は出てくるもんですね。

昨日のエントリにも書きましたが、部屋にパソコンがなくなったのも大きいです。
無駄にインターネットを徘徊して各種資料を漁っている時間が減ったので、
時間が捻出できています。

おかげでGoogle Readerは未読が500件Overになりましたが。
流量の多いサイト、いくつかフィードを切らないといけませんね。

とりあえず、基本的なマシンをいくつか試してみました。
まずは有酸素運動で、脚への負担が少ないバイクですね。
ウォームアップがわりに10分間の体力測定をしています。
そのあとストレッチを10分ほどしてから、
背筋、ハムストリングス、大胸筋、腹筋、の4点を部分的に鍛えるマシンで3セットくらい。
まだフォームがきちんとできていないので、目的の部位にアプローチできていませんが。

あと、マシンの数が少ないので、インターバルを3分とれないのがツライ。
90%RMで10本1セット、インターバルを3分で3セット、が理想なんですが。

筋トレの教科書を引っ張り出してきて、昔みたいに家でもダンベル体操やろうかな。

あとプールで久しぶりに泳いでみました。6,7年ぶりになるでしょうか。
小学生/中学生の頃は100mくらいよく泳いでいたものですが、
現在は体力的に25mが限界です。
「25m泳げないレーン」で泳いでいます。

身体を動かすのはやっぱり楽しいですね。

京都のように環境がよければ、鴨川沿いのジョギングとか楽しいですけれど、
名古屋ではそうはいきませんし。

あまり過密なトレーニングは逆効果ということなんで、週に2,3回。
だいたい2〜3日毎に通えればな、と思っています。
posted by kirikuzudo at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2011年03月10日

パソコンが部屋からなくなりました

私の勤め先は小さな会社で、パソコンは一応、デルさんでそろえているのですが、
一部、私が余ったパーツや興味を失ったマシンを供出して、利用してもらっています。

先日、ある方のPCの調子が悪くなり、そろそろ変更してもらおうということで、
またまた興味を失ったベアボーンのデスクトップを供出することになりました。

ベアボーン機を私が使用して、いままで私が使用していた、
Lenovo Thinkpad X100eを調子の悪いPCの代わりに利用していただくという形です。

そんなわけで、先週の日曜日から、私の部屋にはパソコンがありません。

iPad 64GBとiPhoneがあるので、TwitterやGoogleReaderやメールのトレース、
Webサイトの閲覧もだいたい問題ありません。
一部、Safariでは閲覧できないWebサイトもありますが。

わりとなんとかなるもんだなあ、というのが感想です。

あと、いままで持ち帰り仕事を結構していたのですが、
持ち帰ることができなくなったので、割と時間を捻出できています。
花粉症がひどいせいか、すぐ寝ちゃうんですが。

あ、そうそう。
インターネットを徘徊したり、動画を見ていたりする時間も減りました。
iPadでそう長々とWebや動画を見る気にはならないですから。

このままパソコンなしでもいいかな、と思うのですが、
やっぱりiPadやiPhoneの母艦が家にないというのも寂しいですし、
PerlやJavaScriptのお勉強を再開しようと思っていたところだったので、
MacBookAir 11inchの全部盛りでも買ってしまおうかと思っています。

Macならお仕事もできないですしね。

そんなわけで、近いうち、Apple教へ転向しそうです。

え? Linux? いやそちらは「さくらのVPS」でも契約しようかな、と。
月額980円ですし、さくらインターネット社の社長も高専卒だったりしますし。

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2011年03月09日

大学の入学試験問題の流出した件について

そもそも高専->IT管理->末端製造業というキャリアパスをたどった僕は、
大学受験というものを受けたことがないので、それは差し引いてもらいたい。
放送大学は卒業してるから、学士(教養)ではあるけど。

今回の件で気になったのが、入学試験問題の流出の仕方をネタに、
「IT時代なんだから検索したり聞いたりすればいいじゃん」
という主張をしている人たちの存在。

そういう人に限って、だいたい受験戦争を勝ち抜いて、有名大学に行って、
コンサルティングファームや先端IT企業に就職して、なんてキャリアパスだったりする。
例外はいるだろうけど、平均的には。

ずるいなあ、あぶないなあ、と思うのは、自分たちが経験してきた勉強してきたことが、
時代が変化したら、さも無駄になったかのように語る、そのスタンス。

「あなたたちが現在、それだけの言論を駆使できるのは、
 あきらかに今、あなたたちが軽視している『スタンドアロンな知識の詰め込み』を
 経由してきたからじゃないですか。」

そう僕は言いたい。

ま、無自覚なだけなのかもしれないけれどね。
自分のスタンダードの高さについて。
あと、どうやって自分がそのスタンダードを習得したのか、について。
まあ、あれです。人間、自分のできること/できたことは、
たいしたことじゃないと思い込むもんだからね。

ついでに若い人たちに忠告しておくと、彼/彼女らは自己責任論も大好きだから、
その言論を信じて失敗しても「自分で判断したんでしょ?」って言われるだけだからね。
いや仕事するとわかるけど、部下の失敗は上司がフォローしないといけないから、
若い人に「自己責任」なんて言わせておく余裕はないわけなんですよ。昨今は特に。

さらに別の面を書くと、大学に行っていない僕からすると、
「え、最高学府って、学術的な先端を修める教育機関じゃないんですか」
というところで。

いつから大学は即戦力となる労働力を効率よく供給する機関になったんだろう、と。
問題解決なんてそれこそ知識労働者がやればいいわけで、
そのために高専や工業高校/商業高校があるんじゃないか、と。

ついでに書くと、基本的なことは覚えていてもらわないと、
学術的な先端を求める議論なんかできないわけで、
いちいち端末使って調べたり人に聞いてたらお話にならないんですよ。

仕事でもそう。僕もたまにあるけど、即答できないとやっぱり申し訳ない。
「持ち帰って調べさせてもらいます」がどれだけ知的生産の効率を落とすか。
みなさん、よくご存じでしょう。

そんなわけで、僕はカンニングどうのこうのより、
それをネタに「IT時代なんだから検索したり聞いたりすればいいじゃん」という
主張をする人が増えてきたこと自体に危機感を感じるのです。

ちなみに僕も「この件をネタにしている人たち」の存在をネタに、
言葉遊びをしているだけなのは自覚しているんで、そこはツッコミ不要です。
いやー。不毛だよねー。このメタのメタって感じがさ。

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