2011年12月20日

就活生にちょっとだけ気にして欲しいスーツのあれこれ

名古屋だけの話かもしれませんが、「シューカツ 」してる男性のスーツ姿をみると、だいたいがっくりきます。
まあ、自分も10年前の新入社員研修の頃は似たようなスーツ姿だったと思いますが、
転職の面接をたまにすると30歳を超えた方でも、ちょっと、ということがあります。

まずジャケットの袖が長い。そしてシャツの袖が短い。
起立し、腕を垂らした状態で、シャツの袖が1-2cmほどジャケットの袖から出ていないといけません。
特に机のうえにさらされると目立ちます。
逆にきちんとサイズがあっており、質の良いシャツと光沢のあるボタンが袖から覗いているととても綺麗です。

靴もがっくりくるポイントです。
ギョーザというやつは大人でも多いですが、Uチップはやめておきましょう。
無難な線ではプレーントゥの質の高い物を買いましょう。
リーガルかスコッチグレインの29800〜39800ぐらいのものがあれば、
就職後の見せ場でも、気取ったデートでも、冠婚葬祭でも使えます。
ただし、手入れをきちんとしておいた場合に限り、ですが。
適度に光沢が出るように磨かれた靴は美しいですし、
靴を丁寧に扱っている人は少ないので、それだけで印象に残ります。
靴は2足か3足を交代で。週末にはお手入れの時間を確保しましょう。
慣れると1足20分もあれば終わります。あ、履いた後はシューキーパーと乾拭き必須です。

あとは、身体にあっていないスーツを着ているのは、肩を見るとよくわかります。
一回り大きなぶかぶかとした感じはよろしくないですし、
余裕があれば楽だという考えかもしれませんが、あれはかえって疲れます。
腕を上げることが多いと特に。

ついでに書いておくと、腕をあげたときにスーツの裾が持ち上がる量が少ないほど、
脇の部分(アームホール)の形が身体にあっています。購入時のポイントですね。
これはシャツについても同様です。

体型などはすぐ変わるので、シャツは消耗品ぐらいに考えておいてください。
コットン100%が映えますが、アイロンがけが大変です。
というわけで、綿50%ポリエステル50%でもいいと思います。

シャツは1着8000〜10000円くらいでオーダーできるので、5着作ってローテーションすればいいでしょう。

スーツも50000円台でオーダーできます。一度作れば5年は持ちますし、そのころには欲が出て、
高級生地で仕立てたくなってくるかもしれません。スーツは2着あれば回せます。
ジャケット1本に対して、スラックス2〜3本で仕立てておくといいかもしれません。

シャツはともかくスーツのオーダーはちょっと、という人は、
「The @ SUPER SUITS STORE」の29000円あたりのがいいかもしれません。
店員さんにきちんと寸法を取ってもらえば、きちんと身体にあったものを選んでくれます。
あと寸法直しのお金はケチらないように。
できたら靴を先に買って、それを履いていくといいと思います。
(ジーパンと無地のボタンダウンシャツに質のよい革靴って意外と合うのです)

ネクタイは無地で大人しめな色合いのものをいくつか揃えましょう。
とりあえず赤系と青系で色味の違う物を2点ずつぐらいでしょうか。
企業のロゴカラーに合わせるといいかもしれません。
ただし、小噺のネタにするのはやめたほうがいいでしょう。

ネクタイピンはシルバーで大人しめなデザインのものをしておくといいと思います。
どのみちジャケットのボタンで隠れるので、見えはしないと思いますが。

まあ、そんなところでしょうか。とりあえず気になったのは。

技術職の人は就職したらスーツや革靴なんかを着用する機会がなくなると思われるかもしれませんが、
別にスーツとしてセットアップしなくても、スラックスや革靴は単体でオサレアイテムとして、
コーディネートに使用できるので、私服用に下手なブランド品を買うよりも安い買物になります。

昔、2chですごく細かく語っていた人がいて、ログが残っていれば、
それを見てもらうのが一番よかったのですが、見つかりませんでした。

僕はそれを参考にして、社会人4年目にしてスーツデビューをし、約2年半、スーツを着ていました。
同僚の女性がよく言っていましたが、スーツは3割増で見えるそうですね。
いまでは作業服とパジャマ以外のものを着る機会なんてほとんどないけれど(汗)

そういえば『王様の仕立て屋』という漫画はわりとつまみ食いできる内容なので、
マンガ喫茶で全巻、通して読んでおくといいかもしれません。

いろいろと生意気なことを書いたけど、僕も会合なんかでスーツを来ていくと、
オサレなおじさんたちにいろいろと指摘を受ける若輩者。さらりと流してもらえれば幸いです。
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2011年12月19日

女性に好かれるのに、いい男になる必要はないんじゃないか説

僕は男で、しかも男性のマインドセットしか持っていないので、非常に申し訳ないんだけれど。
女性に好かれたいと思っている男性に考えてみて欲しい説があるんです。

君のほんとうに大切な部分を見つけてそこを大切に思ってくれる女性と付き合うべきかも。
君がダメになったときにも、それを見ながらいつもの君を思い出させてくれる人と。

僕も「女性に好かれるにはいい男にならないと」と思っていた時期がありました。(AA略)

というか、振られてから、悔しくて、いい男になるために方向違いの努力をしていた時期がありました。
けど、結局、ひとり身です。(中途半端につきあった女性とかいたけども、汗)

で、この歳(30歳)になって思うのは、結局、男性の考える「いい男」と、
女性の考える「好きになれる男」っていうのは、わりと平行線で交わることがないんじゃないか、
ということ。

逆に考えれば、
いい男になる必要は必ずしもないんじゃないか、
ということ。

むしろ、女性の考えるところの「好きになれる男」というのを目指すべきだと思うのです。

「清潔感」「肩の力が抜けている感じ」「きちんと興味を持っているものがある」「まんべんない好奇心」などなどが条件としてはあがってくると思いますが。

うーん、僕はそういう条件を満たすにはちょっと歳をとりすぎてしまいました。

僕より5〜6歳くらい若い男性のみなさんはちょうどいい時期だと思いますので、
そういう方向も考えてみるといいかもしれません。
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2011年12月18日

4月頃のtwilogメモから:原子力発電の潜在コストと経済とMBAとそのあたり

4月頃のtwilogメモで偉そうなことを書いていたけど、
まあ、さらしてもいいかな、と思えたので、エントリにしておきます。

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MBAな人たちが原子力発電の潜在コストを槍玉にあげて、
経済的な観点から再生可能エネルギーというか、太陽光発電や風力発電、太陽熱発電について
言及しているけれど、やっぱり太陽光・風力・太陽熱は一部でしか使えないし、
経済的なスコープだけでの判断は危ういよなあ、と思った。

パワー半導体技術やプラント運用技術では未だに優位な日本の企業は、

太陽光・風力・太陽熱・水力・火力あたりの技術をじっくりと成熟させつつ、
並行して軽水炉と増殖炉の運用を行って経験を蓄積し、高温ガス炉にも手を出しつつ、
さらにITERと並行する形で慣性閉じ込め方式の核融合炉にも手を出すべきかと、
考えている。

まあ、つまり既存路線の踏襲なり、拡張といったところで、
技術開発も国家単位になると、方向性を決めてまっしぐらじゃなくて、
まんべんなく予算配分してあげたほうがいいんじゃないか、と。

特に史上稀なる変態だらけの膨大な知的リソースを誇る我が日本は、
選択と集中、などというケチ臭い、隷属の道にまっしぐらな手段を選ぶ必要はないんだ。

自由と選択肢の多さと寛容さこそ、戦後の日本が積み上げてきた、
最も巨大なリソースなんだからさ。

経済のスコープでというよりMBA的ビジネスタームで国家単位の話を考えると、
どうしても隷属への道、まっしぐらになるよね。
会社をつぶす影響もでかいけど、国家はでかすぎるんで、
選択肢をせばめることで効率化をすすめるMBA的手法は、
国家運営には適用できないんじゃないかな。
自治体運営もそうだよね。

というか、MBAのコースで地政学ってやんないのかな?
企業体のように国家を扱おうとする言説の発信者って、MBAな人が多いような気がする。
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実のところ、あんまり意見は変わってないんだよね。
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2011年12月17日

在庫少女のうひん☆マダカ

「全ての在庫を、生まれる前に消し去りたい。
 全ての宇宙、過去と未来の全ての在庫を、この手で。」
「それはジャストインタイムなんてもんじゃない!
 サプライチェーンそのものに対する反逆だ!」
「さあ、叶えてよ。Oracle ERP!」

「もう棚卸も怖くない」

「即納も、納短も、あるんだよ」

「欠品なんてあるわけない」

「本当のB/Sと向き合えますか?」

※カッとなってやった、反省はしていない。
※Wikipediaの「魔法少女まどか☆マギカ」の項目が長くて驚きました。。。
posted by kirikuzudo at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

Twitterの魔力

iPhoneとiPadからクライアントを抜いて2週間ほどして、Tweet数も落ち着いてきたので、Twitter依存症も大丈夫かなあ、と思ってiPhoneとiPadにクライアントを戻したら、その後の2週間でまた依存症が復活しました。

すごいですね、Twitterの魔力。

というわけで、またクライアントを抜いて隔離状態に。

しかしBlogは続かないのに、Twitterは隔離しないといけないほど。まあどちらかというと、Twitterはコミュニケーションツールだからなのかもしれませんね。

Blogにコメントをするってのはなかなかハードルの高い行為ですが、Twitterでのリプライやメンションはかなり頻繁に行われていますし、FavやRTとなればしょっちゅうですから、それだけハードルの低い行為になります。

日本語圏でTwitterがここまで普及し中毒になる「廃人さん」が増えたのも、このハードルの低さがあるのかもしれませんね。

あと、Twitterではうまくリプライが重なると連歌でもしているような感覚になることがありますし、4〜5人でうまくそういう場が形成されると、まさに「一座建立」とでもいうような感覚になります。

そういう感覚が忘れられないというのも中毒性をあげているのかもしれませんね。

比較的教育水準の高い方が廃人さんに多いのも、
現実では立場や状況、コンテキストに縛られて、そういったテンポラリな知的な場の形成という
感覚を得られない、という現状の反映なのかもしれません。

何にせよ、しばらくまたiPhoneとiPadからクライアントを抜いて、
Tweet減量生活に入ることになりそうですw
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組織におけるwant, can, may, should, mustのベン図

どうも上手くいっていない中小企業の経営者の方の言動を見ていると、「やりたいコト」と「やれるコト」と「やっていいコト」の認識が薄いんじゃないかなあ、と感じたので、ちょっとSHOTNOTEに手書きでベン図を描いてみました。

便利ですね、SHOTNOTE。



で、まあこのベン図についてはいろいろと異論も出るんじゃないかと思うんですが、とりあえずこういう認識があるのとないのとではどう違ってくるか考えてみようと思います。
(僕も実はwantとshouldで重なる部分があるんじゃないかとか思ってます)

まず、このベン図の認識がないという状態のパタンを考えてみましょうか。
このベン図で重なっていない部分が混同されると、次のような勘違いがうまれます。

1. want => must(したいコトをやらないとマズいコトだと勘違いする)
2. want => should(したいコトをやったほうがよいコトだと勘違いする)
3. can => may(できるコトは全てしてもよいコトだと勘違いする)
4. must => can(やらないとマズいコトは全部できるコトだと勘違いする)

おそらく一番、多いのは、 1. もしくは 2. なんじゃないかと思っています。
特に経営者の方などは会合や勉強会などでトレンドとなっているキーワードをたくさん吹きこまれますので、
いつのまにか他社のmustやshouldを自社のmustやshouldと勘違いしてしまうことはよくあります。
A社のmustやshouldは実のところ、B社にとってはwantに過ぎないのかもしれないのですが。。。
近年で例を挙げれば、成果主義とか目標管理とか流行りましたが、
これなどは実のところ、wantに過ぎない企業って、多かったんじゃないでしょうか。

3. は自社の機能とリソースを分けて考えることができないタイプの方がよく陥るポイントですね。
例としては、確かに自社で内製開発できる技術や人材はいるかもしれないけれど、
その人を開発に振り向けると本業がうまく回らないのに、「あいつにやらせればいいだろう」と
こともなげに言う方とか、たまに見かけますね。
リソース管理に対する意識の薄いとこうなってしまうんではないでしょうか。

最後に 4. ですが、これはあんまりないと思うのですが、
やらないとマズいことを全部、自前の組織でやってしまおうというスタイルですね。
まあ、リソースが許す限り、それはそれで良いことだと思いますが、
本業に影響が出ないようにしないと、本末転倒です。
アウトソースするとか、遅延させるとか、そのあたりの選択肢を検討しない、
自前主義の方が陥るポイントだと思います。
アウトソースばかりのこのご時世にはなかなか事例を聞くこともありませんが。

ま、他にもいろいろとパタンはあるんでしょうが、パッと思いついたのはこれぐらいでした。

あと、Twitterでさらしたときに「縦軸と横軸に何か意味はあるの?」的な質問をいただきました。
確かに、よく見てみると、縦軸の上下は組織の階層の上下にそのまま対応しているような気もしますねw
横軸は必要とするリソースの質でしょうか。
右に行けば「お金:大、人手:小」で、左に行けば「お金:小、人手、大」と。

こういった図的表現は自分でも深く考えていない部分が表出するので面白いですね。
posted by kirikuzudo at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2011年12月13日

コメダのハンバーガーのP/Cが良好な件について

名古屋が誇る喫茶店チェーン「コメダ」
休日になると、名古屋駅周辺の店舗は行列ができています。
地下鉄でちょっと移動すれば、空いている店舗はいくらでもあるんですけどね。

で、そんなコメダでおすすめのメニューがこちら。



380円のハンバーガーです。これが大きい。

写真に写っている携帯電話はDocomo NM705i(NOKIA製)で、
寸法は45x110くらいです。
というわけで、直径150mmくらいあるでしょうか。

パンは大きいですが、パティはコンビニやスーパーで売られているパック品と同じ大きさなので、ひとまわり小さくなります。そこにソースとマスタードがかかり、おまけでレタスが挟んであります。

マクドに比べると高いですが、ビッグマックよりはこちらのほうが満足感がありますし、モスの同価格帯商品群と並べても遜色ありません。

さすがにフレッシュネスバーガーのクラシックバーガーには負けますが。

コーヒーなどの飲み物とあわせて760円なんで、そこらのランチと同額になってしまいますが、まあ、たまの贅沢ということで、名古屋に来られた際には是非。
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2011年12月12日

メモやノートを取ることで頭を空っぽにしてから作業しよう

メモやノートを取ると、頭の中が空っぽになりますよね。
そうすると、無意識に眠っていた考えがフワッと意識に浮かび上がってきます。
そして、これをまたメモやノートに書き留める。

このあたりのメモやノートは綴じるなりスキャンするなりして、
いつでも読めるようにしておき、ときどき読み返すようにします。
(僕はスキャナにかけるかiPhoneで写真を撮るかして、Evernoteに放り込んでいます)

さて、そうしたことを繰り返しているうちに、
無意識から意識に考えが浮かび上がらないようになってきます。

そうした状態になってから作業を開始してみましょう。
するすると作業に没頭できます。

作業に没頭して黙々と手や足や体を動かしていると、
いろいろと頭に考えが浮かんできます。

単位作業が終わったら、またメモやノートに戻って、
考えたことを書き付けていきましょう。

これを繰り返していると、たかが1日12時間の間でも、
ずいぶんと自分がいろいろなことを考えていることがわかってきます。

自分のアイディアを生み出す力に自信がないという人は、
自信をつけるためにこれを作業のようにしてしまいましょう。

まあ、これはひとつの方法ですし、
アイディアの創出に関してはある程度のものであれば
既にいろいろとメソッド化されていますので、
そういったものを参照して自分なりの方法を構築するのも良いかと思います。
(設計分野ではTRIZなどが有名ですね)
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2011年12月11日

斜陽産業は社会資本産業でもある説

斜陽産業は俗にインフラと呼ばれる社会資本を支える産業であることが多い。企業内でもインフラ部門の人間は出世しにくいし、社会でも職種としては地位が低く見られている。それはインフラ部門はプロフィットセンタとなることが原理的に不可能なコストセンタだからだ。逆に売上と粗利を扱う営業部門やコスト削減により利益を扱う生産技術部門などがプロフィットセンタとして高いポジションを取れる。

しかしながら、インフラ部門のない企業が企業活動を継続できないように、社会資本のない社会では経済活動を行うことができない。リバタリアニズムの代表的な人物である、ハイエク(フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク)も慎重な筆致でその著書で書いている。一部の社会資本は自由主義的な競争にさらすのはかえって自由主義を損なうと。

リバタリアニズムを信奉している人はWebの世界に多く、特にアルファブロガーと呼ばれる多数のビューアーを抱えるブロガーにはリバタリアニズムな人が多いと思う。しかし、斜陽産業の役割についてはあまり取り上げているところを見たことがないし、社会資本として動いている航空会社でも銀行でも問題があれば潰れるのが正しいという扱いをされている方が多いように感じる。

実際にモノを動かしている人たちやその社会資本がなければ生きていけない人たちがいる以上、なんらかの形でそれらを保護する必要はあるのだが、そもそも、それらが潰れるような可能性を有する民間企業として稼働しているのはどこまで正しいのだろうか、という意識が僕にはある。

例えば、鉄鋼・ガス・石油・電力などに関連する多種多様な業種は第2次産業の中でも成長のない、むしろ社会需要の減少とともにマイナス成長する「斜陽産業」として見られてきた。

しかし、そもそもそれらが産業として成長しなければならないかどうかという議論がそこにはない。これは大きな見逃しだと思う。

もちろん、それらの分野でも技術革新が必要である。だが、待って欲しい。競争がなければ本当に技術革新もないのだろうか。

Idle Curiosityという語がある。

これは人類学分野の知見で、人は生まれながらに知識を得ること自体に快楽を見いだし、それを追求する習慣を持っていること、それを表現している語である。

またInstinct of Workmanshipという語もある。

これも人類学分野の知見になるが、経済学的な制約がない状態では、人は自分が作り出す物の品質が最高の状態にしようとする習慣を、これまた生まれながらに持っていること、それを表現している語である。日本語にするなら「職人気質」というところだろうか。

こういった人類にエンベデッドな機能を考慮したときに、果たして企業間競争がなければ技術革新も品質の向上もないなどと言えるだろうか。

iPhoneは果たして企業間の競争の中で生まれたのだろうか。ジョブズの言動を見る限り、あれはジョブズのInstinct of Workmanshipだったのではないだろうか。

また、今日のあらゆる構造に欠かせない材料強度学の知見もイングランドの経済的な制約の薄い研究所で生まれたものが多い。

人類の知識目録を総覧したときに果たして企業間競争によって生み出されたものというのはどれだけになるのだろう。

話が飛躍してしまったが、インフラというのは企業間競争が可能な自由な社会が成立するための前提条件でもある。その前提条件を企業間競争の名の元に崩せば、それまで可能であった企業間競争自体が成立しなくなる可能性をもう少し考慮するべきではないだろうか。

※参考文献『社会的共通資本』(宇沢弘文著、岩波新書)
posted by kirikuzudo at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

若い人がダメな年寄りと話をしたくないと思うようになったのはなぜ?

若い人がダメな年寄りと話をしたくないと思うようになったのは、

 ダメな年寄りが考える「素晴らしい知識」<ネットで流通する「常識」

だからなんじゃないかな。

「常識」をドヤ顔で偉そうに「素晴らしい知識」として語られるのを、
おとなしく黙って聞いていないといけないというは、
たいがいの人にとっては苦痛なんじゃないかな。

あと、その「素晴らしい知識」も間違ってることが多いし。
株式と債券の違いをわかってないとか、泣けるよね。

僕の場合はネットより本で覚えた常識も多いんだけれど、
それでも偉そうに生半可な「知識」とやらを語られるのは苦痛。

まあ、Twitterでは僕もダメな年寄り側に位置しているので、
あまり偉そうなことは言えたものでもないけど。
(だから最近はそういう投稿を意図して減らしてる)

しかし、リアルでそういうことをされるのが苦痛なのは、
おおかた社会的な縛りをかけられたうえで、なわけだよね。
話を聞く側からしたら低レベルな話を社会的な鎖でしばって
延々とされるのは、拷問だとしか思えないわけです。

もちろん、内田樹さんがいわれるような、
「学びの回路」が発動することもないわけではないけれど、
そんな回路が発動するほどの条件がそろっていない人ほど、
拷問をはじめるんですよね。

さらにこの拷問の恐ろしいのは再生産能力です。
比較的まともな人も、こういう拷問に長くさらされると、
自分も同じようなことをしはじめる。

そういう拷問の再生産の連鎖のひとつの形態として、
同業者組合の寄合いや地域企業の寄合いみたいなもんが
あると思うんですよね。

最近、ひとまわり上くらいの加工屋さんから
「(寄合いに)一度、来てみない?」
と行くたびに誘われるので、イラッ☆として書きました。
反省はしていない。
posted by kirikuzudo at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記